目の前の一人のためだけに

こんにちは。栃木県那須塩原市の美容室hairsalon iLii 西那須野で美容師をしている岡田です。

新しい元号が発表となり、年度も新しく変わり、そしてhairsalon iLii 西那須野もオープンして半年が経ちました。

色んな書きたいことが重なっていて、本当はそれぞれの記事を書いて当日に投稿するのが仕事が出来る人なんだと思うのですが、

何かとバタバタしていてそれぞれについて書く時間もないのでこうしてまとめて記事を書いています。

読んでる人にとっては記事が長いし何について書いているのかよく分からなくなりそうだから、これからはちゃんと時間を作って書かなきゃなぁと。

そして、これからスタッフも増えていく中で中々僕の話をすることも少なくなるかと思うので、少し僕の話もしてみようかと思います。

オープンして半年が経ちました。

先日のブログにも書きましたが、hairsalon iLiiはちょうど半年前にオープンして、サロンの玄関にはお祝いのお花を沢山いただき、とても賑やかでした。

残念なことに花の命は短く、皆さんから頂いたお花も現在は飾れるほど残っていませんが、非常に沢山の方にご支援いただきオープンまでなんとかたどり着くことができました。

そしてつい先日、オープンから半年が経ちました。

東京から地元に戻っていきなりサロンを出して、顧客が一人もいない場所でここまで一人でよくやって来れたなと、周りから言われることがあります。

だけど僕一人が頑張ってるわけじゃなくて(実際にサロンに立ってるのは僕一人だったけど)、実際には周りの人たちの支えがあったからここまでやって来れたんだと。

そう云う意味では地元ならではというか、顧客はいないけど色んな人が応援してくれる環境が本当にありがたいと思います。

ただ、自分が育った環境に戻ってサロンを持つという事は、色んな弊害もあったりします。

ここでは詳しく書きませんが、色んなことがあって今でもギャップに頭を悩ませることも多々あります。

それでもそれを差し引いても支えてくれている周りの方へ感謝は余りにも大きいと感じています。

美容師としての働き方と人としての生き方

東京で美容師として自分のやりたかった夢は全て叶えて来ました。

自分の美容師としての夢で最後に残ったのが「自分のサロンを持つこと」でした。

最後の夢の舞台に慣れ親しんだ東京よりも那須を選んだ理由は、

僕の「美容師としての働き方」よりも、僕という「人としての生き方」を大事にしたかったからでした。

そして、今でも東京へ仕事に向かう理由は、美容師として東京で通用する自分でいたいから。

働き方から生き方に重きを置いても、美容師としての腕が錆びつくことが無いように。

そして、僕を美容師として育ててくれたお客様がいるからでもあります。

今では地元に自分のサロンを持って、順風満帆な美容師人生を送っているように思われるかも知れませんが、

僕の美容師人生を振り返ってみると、周りに迷惑をかけまくった日々の連続でした。

15年間の美容師人生

僕が美容師として働き始めて今年度で15年が経ちます。

東京で美容師を初めていた時なんかは、ろくにご飯も食べられない時期がありました。

デビューしてからもつい最近までは、働いても働いても食べられない時期がありました。

美容師の給料なんてたかが知れたもんだけど、家賃を払った残りを練習用のウィッグ代に注ぎ込んでました。

お金がなくてご飯もろくに食べられなかったから、当時付き合ってた彼女にご飯の面倒を見てもらってた時もありました。

本当に恥ずかしいことだけど、当時はそうしてもらわなければ生きていけなかった。

光熱費や携帯代が払えなくて、止められたことも何度もあります。

家のガスが止められてお湯が出ないから、真冬に水しか出ないシャワーを浴びていましたし

それを見かねた優しい同期が家に呼んでくれてお湯の出るシャワーを借りることもしばしばありました。

デビューはしたけれどお客様がなかなかつかず、給料も上がらない生活が何年も続きました。

それでも夢への挑戦はしたくて、休みを使って表参道で一日中モデルハント、生活費を削ってコンテストの出場費や衣装代にかけてました。

もちろん結果はすぐには出なくて、でもまた挑戦は繰り返す。そんな日々を繰り返しているもんだから

その日に食べるものを買うお金もなくて、何度も体調を崩しました。

病院からの電話に実家の両親が心配して

「こっちに帰って来たら?」

って何度も言ってくれていたけれど

「ここで帰ったら東京で何も叶えてないから」

って、美容師になって有名サロンで働いていても、何者にもなっていない自分が恥ずかしくて辛かったけど

それでも僕は東京での美容師としての成功にしがみついていました。

僕はもともと不器用な人間だから、同期より練習しなければついていけなかったし、同期が休んでいる間にも勉強しなければ追いつけなかった。

だから同期の誰よりも練習したし、同期の誰よりも美容に人生を注いでいたと思います。

そんな日々が数年が経って少しずつ結果も出始めて、

コンテストは全国大会で結果を残せるようにもなり、雑誌やTVにも出させてもらえるようになり、芸能人やタレントの髪を担当させてもらい、セミナーや1000人の観客の前でのヘアショーも、専門学校での講師の仕事も、

その他諸々と、若い頃に抱いた夢を叶えることが出来ました。

それを支えてくれた、いつもこんな僕の元に通ってくださるお客様を始め、両親・家族や、スタッフ、モデルさん、僕の周りにいてくれる人達への感謝は計り知れません。

こんな僕を支えてくれる人たちがいつもいてくれたから、僕は僕の美容師人生で描いた夢を見続けることが出来ました。

これからはその人たちに頂いた恩を返せるような「生き方」をしていきたい。

それが僕のこれからの美容師としての夢でもあります。

成功の尺度

今書いたようなそういう日々が現在の僕を作っていて、でも今の時代は「働き方改革」なんてのが叫ばれていて、

人によっての「成功」なんてのは今までの物差しじゃ測れなくなっている世の中で、

僕のような生き方をしてきた人間が、これからの美容師を目指したり、美容師を夢見る誰かにどんな影響を与えられるかどうかなんてのは分からない。

正直なところ、僕が夢見た「カリスマ美容師」なんてのは今の時代には必要ないのかも知れません。

それでも自分が未来に夢を見て、それに向かって突き進んでいる姿、自分が昔なりたかったものになるまでのたくさんのストーリーを

これからこのサロンiLiiで描かけたらなと思います。

それは僕たち美容師だけのストーリーではなく、お客様とのストーリーでもあって、

自分たちができることが増えればお客様が喜ぶことが増えていって

自分たちが上手くなればお客様が今までよりももっと素敵になれるから

僕たち美容師はいつまで経っても成長しなきゃいけないし、

いつも全ては目の前のお客様に全力を尽くすことから始まっていくと思います。

現代の美容師にとっての「成功」がどこにあるのかなんてのは、今の「正解」はないのかも知れないけど

どんなにSNSでフォロワーがいようが、どんなにいいねが集まろうが、どんなサロンで働こうが、

目の前のお客様に心から「ありがとう」って言われることを疎かにしちゃったら、

そこに美容師としての本質はない気がするよ。

 

画面の向こうの誰かを笑顔にすることよりも、目の前のお客様を笑顔にすること。

自分が撮った写真でいいねって言われるより、自分が身につけた技術でいいねって言われること。

自分を信頼して大切な髪の毛を預けてくれるお客様をめちゃくちゃ大事にして、

どうやったらお客様が素敵になれるのか、喜んでくれるのか、

そこに全力を尽くすことでしか僕たちの未来は広がっていかない。

 

これからの僕も、これからのiLiiも、

来て頂いた目の前のお客様に喜んでもらえたかどうかが僕たちの唯一の「成功」の尺度であって、

お客様が幸せになれば、絶対自分に返ってくる。

 

そこにはいいねの数も沢山のフォロワーもいらなくて、

目の前のたった一人のためだけに、ほんの一人のためだけに、

自分の精一杯を尽くしていく。それだけ。

時代は変わるし、平成から令和に変わるけど、

僕たちの仕事の本質はこれからも変わらない。

オープンして半年経ったけど、

美容師という仕事をしている以上はこれから先何年経ったとしても

たくさんの人の役に立つために

目の前のたった一人のためだけに尽くして行こうと思います。

 

どうぞこれからもhairsalon iLiiをよろしくお願いします。

それでは。

hairsalon iLii代表 岡田 彰大

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